佛光院へ撮影

  • 2009/07/22(水) 11:20:59

昨日は大石順教尼さんが作られた京都にある佛光院に南先生ご夫妻
そして先生の親しいお友達の方、三味線で日本一に輝いた岡田修後夫妻とで
訪れました。
昨日はすごい雨でした。順教先生は、両腕を切られた日もどしゃぶりで、亡くなった日も
どしゃぶりで雨女なのだそうです。私は、その雨に、「順教先生、迎えてくださったんだ」そんな気持ちになりました。

映画制作のご報告などに訪問させていただいた昨日は、順教先生の月命日でした。
遠くからいろんな方がお仏壇をお参りされていました。

大石順教先生のお仏壇を参れる、、、そのありがたさ、、。

そしてその日は、順教先生を慕われ、今も伝え続けておられる石川洋先生もこられていました
http://www.touyukai.com/index2.html

高校生の時から、南先生が石川先生ととも講演をされていたのです。

石川先生はお仏壇の前で
「南さんが最後のお弟子さんです。最後のお弟子というのは最初のお弟子さんと同じくらい大切なのです。
この最後の弟子から次に伝えられていくのです。
順教先生の復活です」

と涙ながらに語ってくださり
私に
「この時期にこの教えを伝えられる映画を作られるということ、、
なんと尊い仕事をいただかれたのでしょう、、、どうぞよろしくおねがいいたします。
そのすばらしさを忘れないで下さい」そう言ってくださいました。

南先生も泣かれていました。

私は、心も体も、、、全身で頭を下げ続けたいほど感謝の気持ちでいっぱいでした。

南先生には完全に順教先生がやどっておられるのだと思いました。

別の人生で別の生き方をされているお二人に流れるなにか同じ感覚、、、、

今、こうして南先生ご夫妻と過ごさせていただくありがたさに感謝いっぱいです。

しかも、南先生ご夫妻はと〜っても面白い方で、今回もやっぱり楽しい撮影なのです。


そしてその後、順教先生と交流に深い方からリチャードギアのお話を聞きました。

順教先生のお話をたまたまその方から聞いたリチャードギアは、是非j順教先生の映画を作りたい、、そう言って涙をながされたそうです。

もちろん、通訳の戸田奈津子さんも感動されて、順教先生の描かれた書を、欲しいとおっしゃったそうです。

今度、戸田さんを通してリチャードギアに連絡し、お会いすることがあるそうです。

そのときには私に声をかけてくださるそうです。

わたしは南先生の映画を見ていただきたいと思いました。

そして「1/4の奇跡」をリチャードに渡して下さい、、とお預けしてきました。

リチャードギアは、アメリカの911事件の後のスピーチで

「いまこそ、許す心が大切です」とスピーチし、アメリカでブーイングだったそうです。

その心が、自分の両腕を切った義父を許し、供養した順教先生のお話感動されたのだと感じました。


私は、その後、順教先生が作られた家を訪れ、「芸術家だったんだ」と感じました。

家もお茶室も全て自分でデザインされているのですが、それは、知恵が満載なのです。

先生の寝られていた場所に触れました。

先生が亡くなられたという部屋では涙が出、畳に座り込みました。

まだそこにおられるようでした。

帰りに私はこう思いました。

「順教先生の目線で、南先生の映画を作らせていただこう」

順教先生にとって、中学生だった南先生が本当にかわいく、いとしく今でも気になる存在だったにちがいありません。

そして先生の教えどおり、今幸せにいきておられることを、喜んでみておられる気がしました。

順教先生は亡くなる前に肉声で、お葬式の挨拶を残された粋な方です。
「私は、地獄にはいきません。天国にもいきません。
三途の川でみなさんをお待ちしています」

そうおっしゃったそうです。
なくなられても、残った方たちを思っておられたのでしょう、、。

私は全身に順教先生を感じました。「この映画は守られてる」そう感じました。


私が用意するものはなんでしょう、、先生
「信じる心だけ用意しなさい」

そのほか、いろんなことを感じました。
私が思う以上に学びが多い制作プロセスになりそうです。

「こだわりをすてること」
「ユーモアをわすれないこと」
「いつもすきっとしたいでたちでいること」

そんな軽く楽しいバイブレーションを感じました。

そうです。本当のことは深刻では全くないのです。

ありがとうございました。